大判例

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東京地方裁判所 昭和40年(手ワ)2240号 判決 1965年12月22日

原告 東邦商事株式会社

右代表者代表取締役 藤井庫吉

右訴訟代理人弁護士 樋口光善

被告 リコー時計株式会社

右代表者代表取締役 市村清

右訴訟代理人弁護士 加藤益美

主文

被告は原告に対し金一七六、四〇〇円とこれに対する昭和四〇年二月一三日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮りに執行できる。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、

一、被告は左記約束手形を振出した。

金額   一七六、四〇〇円

満期   昭和四〇年二月一〇日

支払地・振出地 名古屋市

支払場所 株式会社東海銀行本店営業部

振出日  昭和三九年九月二一日

受取人  富士電子工業株式会社

二、右手形には次の裏書記載があり、原告は現にその所持人である。

第一裏書人  富士電子工業株式会社

その被裏書人 白地

第二裏書人  吉村達三

その被裏書人 白地

第三裏書人  睦機工株式会社

その被裏書人 白地

第四裏書人  真造弘

その被裏書人 白地

第五裏書人  東邦商事株式会社(原告)

その被裏書人 白地

第六裏書人  港信用金庫(但し取立委任裏書)

その被裏書人 株式会社住友銀行

右のうち第二裏書欄は現在抹消されている。

三、原告は訴外真造弘から同人に至るまで前記のような裏書の形式的連続ある右手形を裏書譲渡を受けたので、自己の取引銀行である港信用金庫を通じて取立委任をなし、昭和四〇年二月一二日支払場所に支払のため呈示したが盗難を理由に支払を拒絶された。

四、よって原告は振出人たる被告に対し右手形金と呈示の翌日以降年六分の割合による遅延利息の支払を求める。

と述べ、被告の抗弁に対し、「(一)被告主張事実中、訴外富士電子工業が裏書の署名捺印をしていないとの点、本件手形の盗難の事実はいずれも不知、原告の害意の点は否認する。(二)原告は金融業を営むもので、本件手形を訴外真造弘から割引のため譲渡を受けこれに応じて割引金を同人に交付したのである。原告の如きいわゆる街の金融業者の処には、裏書人たる会社の代表者がペン書で署名しこれに個人印を押捺しているような手形が持ち込まれる事例も稀でなく、原告としては手形面上裏書の形式的連続が存するので、真造を適法の所持人と認め、かつ、振出人たる被告会社の信用に依拠して割引に応じたものである。」と述べた。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として「請求原因第一項は認める。第二項は不知、第三項は支払拒絶の点を認めその余は不知、第四項は争う。」と述べ、抗弁として

一、被告は本件手形を昭和三九年九月二一日被告の販売先である訴外富士電子工業株式会社代表取締役社長萩森克己氏に手交した。

二、然し右富士電子工業株式会社は本件手形に裏書並に交付をしたことがない。本件手形には右会社の裏書らしきものがあるが、その署名は全然当社に関係のない清瀬克己なる仮空の人物の署名であり、そこに押捺してある印鑑は同社が約束手形を使用する印鑑ではなく、市中に販売されている所謂三文判であって、右裏書は偽造されたものであることは明らかである。

(一)  右萩森社長は本件手形を受取ると共に未だ裏書をすることなく、鞄に入れたまま帰京したのであるが、九月二一日午後五時頃右の手形を入れた同人の鞄を東京駅で省線の網棚の上に乗せておいたが、お茶の水駅で下車しようとして盗取されていることを発見したもので鞄は九月二二日省線津田沼駅で発見されたが右約束手形とネクタイ一本が抜き取られていた。被告はこの報告を聞き直に、支払場所である株式会社東海銀行本店営業部に約束手形紛失届(乙一ノ一、二号)を出し右萩森社長も万世橋警察署に盗難届(乙二)を出した。

(二)  然るに何人かが右会社の裏書を偽造して流通させ期日に原告が支払を求めて来たが、右銀行は盗取された手形であるとの理由でその支払を拒絶した。

三、本件手形の第一裏書人として表示されている富士電子工業株式会社代表取締役清瀬克己なるものは同社取締役中には勿論(乙四)従業員中にも存在せず、全く仮空の人物であるのみならずいやしくも会社の裏書である以上、ペンで署名し、所謂三文判を押すことは稀有なことであるから、それが偽造のものであることは何人にも一見して判明する程度のものである。原告は金融会社である。いやしくも金融会社が手形を割引く以上その手形の形式内容を点検するのは当然であって、原告がこれに不審を抱いたことも又当然であった。果せるかな、同年一一月一八日原告から同社に対し、裏書譲渡の真否を電話で問合わせて来たので、同社取締役総務部長佐藤孝輔氏が右手形は盗難に遭ったもので、同社はこれに裏書をしたことなく既に銀行および警察に届出で済みのものであることを詳細説明した。

尚、本件手形の第二及び第三裏書人である吉村達三、真造弘について、事情聴取の為、手形住所地について捜査した所、何れも住所地に見当らず、第四裏書人である原告会社もまた手形住所地に法人登記を有しない(乙三、五ないし九)。従って原告は正常な経緯を以て本件手形を取得したものとは認められない。

四、よって、原告会社が本件手形の所持人であるとしても、原告会社は連続した裏書によってではなく被告の紛失した本件手形を原告自らが取得したものと認めざるを得ず、正当な所持人ではない。

仮に然らずとするも、原告は悪意又は重大なる過失によって本件手形を取得したこと明らかであるから、被告は本件手形金の支払に応ずる義務がない。

以上のように述べた。

証拠≪省略≫

理由

被告が原告主張の約束手形一通を振出したことは当事者間に争いがなく、原告が本件手形として提出した甲第一号証の一、二(表面及び裏面)によれば右手形には原告主張のような各裏書記載が存することが認められる。そして右甲第一号証の二の真造弘名義による第四裏書以後の裏書部分は証人真造弘、国光好広の証言によりその成立を認めうるところであるし、これと同号証の二に存する真正のものと認められる交換印、成立に争いのない同号証の三(ふせん)とを綜合すれば、原告は訴外真造弘から同人に至るまで裏書の形式的連続のある本件手形を白地裏書譲渡を受け、これを訴外港信用金庫に白地裏書譲渡し、同金庫は株式会社住友銀行に取立を委任し同銀行から満期に次ぐ二取引日内の昭和四〇年二月一二日手形交換に付し適法の支払呈示をしたが、盗難の申し出があったとの理由で支払を拒絶されたので、右手形は同銀行から港信用金庫を経て原告に返還され、原告において右手形を再取得したものであることが認められる(但し以上のうち支払拒絶の点は被告の認めるところである)。成立に争いのない乙第六号証の一、二その他被告の全立証によるも右認定を覆えすことができない。

もっとも前掲甲第一号証の二によれば、右手形の第一裏書欄には裏書人として富士電子工業KK代表取締役清瀬克己と表示されているところ、富士電子工業株式会社の真実の代表取締役は萩森克己であって、右手形面の表示はこれと相違しており、かつ、右裏書人の署名捺印は富士電子工業株式会社の関知しないものであることは、後記認定のとおりであるけれども、裏書の形式的連続の存否は手形面に顕われている記載自体から判断すべきものであって、前記第一裏書人の表示は手形面上、清瀬克己なるものが受取人富士電子工業株式会社のためにした裏書と認めうるから、受取人と第一裏書人の表示との間にその同一性を認めることができる。また前顕甲第一号証の二の第二裏書人として表示されている吉村達三なるものが果して実在するかどうか、成立に争いのない乙第五号証と証人佐藤孝輔の証言と対比して甚だ疑わしいところであるけれども、仮りに右第二裏書人が仮空のものであり従ってその名義の裏書が実体上無効のものであっても、裏書の形式的連続の認定を妨げるものでなく、第三裏書欄は全部抹消されているから記載なきものとみなされる結果、本件手形は真造弘に至るまで裏書の形式的連続を認めうるのであるから、真造は適法の所持人であったと推定すべく、従って右真造から裏書譲渡を受けた原告もまた適法に手形上の権利を取得したものと推定すべき筋合であるということができる。

被告は本件手形は受取人富士電子工業株式会社が盗難によりその占有を失ったものであり、原告は右事実を知って右手形を取得したものであり仮りに知らなかったとすれば重大な過失あるものであるから、原告は適法の所持人でないと抗争するので、その当否について考察する。

≪証拠省略≫を綜合すれば、本件手形は訴外富士電子工業株式会社代表者萩森克己が名古屋市所在の被告会社に出張して被告会社からテスター納入代金の支払のため振出交付を受け、これを携行しての帰途、昭和四〇年九月二一日国電東京駅からお茶の水駅間の車中において盗難にかかったものであり、右訴外会社においては本件手形を他に裏書譲渡したことがないことが認定できるけれども、原告が右被害の事実を知りながら本件手形を取得したとの点は本件全証拠によるもこれを認めることができない。却って前顕証人好光国広、真造弘、佐藤孝輔の各証言と原告会社代表者本人尋問の結果とを綜合すれば、原告は金融業を営む小規模の会社であって、ベアリング類の販売やその仲介業を営む訴外真造弘との間にも継続的な金融取引関係があったが、真造弘は昭和三九年一一月上旬頃かねて知合の訴外高峰茂雄から本件手形の割引を依頼されたので、早速原告に割引を申込み、原告は本件手形の振出人たる被告会社が時計製造業界で有数の上場会社であり、真造がそれまでに持ち込んだ手形に不渡事故等が殆んどなかったところから、本件手形を信用性あるものと考え、かつ裏書の形式的連続の点を調査確認しただけで真造を手形権利者と判断し直ちに割引に応じ割引金を真造に手交したこと、原告が本件手形が盗難にかかったものであることを聞いたのは、右割引後の昭和三九年一一月一八日頃第一裏書人として表示されている富士電子工業株式会社に念のため電話連絡したとき同会社の担当者から被害の事実を告げられたのが始めてのことであった以上の事実が認定できる。

本件手形の第一裏書人として表示されている富士電子工業株式会社の代表者の氏名が清瀬克己とあって真実の代表者と姓が異なっておることが前認定のとおりであり、しかも前顕甲第一号証の二によれば、右裏書人の署名はペン書のものであり、その名下に押捺されている印章も単に清瀬と刻した個人印であることが一見明瞭であるから、特に金融業者においてかかる手形を割引くに当っては、果して右裏書が正当のものであるかを裏書人に連絡確認することが万全の措置であり、原告が右措置を割引前に講じていたとすれば本件手形が盗難にかかっていたものであることを知り得たであろうということができるけれども、証人好光国広の証言によれば、本件のようなペン書の代表者の署名並びに個人印によって裏書された手形が、いわゆる街の金融業者に持ち込まれることは必ずしも稀有の例でないことが認められる上、本件の手形金額が一七六、四〇〇円に止まることでもあり、原告が振出人たる被告会社の信用を最重点に考え、合せて割引依頼者たる訴外真造弘との従前の金融取引が円滑に進行していたところから、裏書の形式的連続の点を調査しただけで裏書の真否についてまで深く思いを致さなかったこともあながち無理からぬ事情あるものと認められるので、本件手形の取得につき原告に重大な過失があったものと断定することが困難である。

果してそうであるならば、被告は本件手形の振出人として所持人である原告に対し、手形金と呈示の翌日以降年六分の割合による遅延利息の支払義務を免れることができないから、その支払を求める原告の本訴請求を正当として認容することとし、民事訴訟法第八九条、第一九六条を適用した上主文のとおり判決する。

(裁判官 藤野博雄)

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